そして創造と破壊(2)

さて、過日の続きだが、仏性というものが限り無く創造的で開かれた心の状態と定義すれば、それは愛他的なものとなるであろう。

それに対して、魔性は、個に囚われ、閉じた心情に縛られ、不信や猜疑心、憎しみに冷たく焼かれた心から滲み出てくるものに違いない。だから仏道では、最初に煩悩からの解脱、個に囚われない事を説くのである。

しかし、この両極を日々往復しているというのが、偽らざる我々の日常ではないだろうか。要は、どちらのベクトルに己のスタンスを置くかということだろう。

私の願いは、前者にあるのは言うまでもないのだが、後者の誘惑も侮れないのである。その為にも日々の止観、制作が欠かせないものとなる。つまり精進を忘れないということだ。

イメージ 1

イメージ 2



「仏性と魔性」-そして創造と破壊

私は、日々止観することを行とする者だが、今日は、ふとこんなことが思い浮かんだので、ありのまま記録しておきたい。

誰にでも仏性があるように、アートする心はある。しかし、それは、誰にでも破壊への衝動があるように魔性を共存させているということだ。アート、創造性のみを追求できればこんなに目出度いことはないのであるが、常に反対のベクトルが働いている。それは、認めたくないかもしれないが真理なのである。そして、それが人間という種、動物の宿業でもある。

ところで、我々のこの宿業からの救済は、果たして可能なのか?、、、。
これは、重いテーマである。

ただ、私自身が言えることは、私を含めて個々の人間の努力にかかっているということだけは、確かだろう。どちらを選び取るか? それが問題だ。

イメージ 1

イメージ 2

posted by 雪山童子 at 11:27Comment(0)日記

カトマンズ トリエンナーレに寄せて

イメージ 1
イメージ 2

TAUE PROJECTは、人類の文化・文明というものを、その発生源である農の現場ローカルから、アートを通して参加者と共に考える、というアートプロジェクトである。
今回のトリエンナーレのテーマが”The City"ということだが、これは願ってもない興味あるテーマなのだ。

ご存知のように都市(City)というものは、様々な産業活動の場であると同時に多数の人々の生活の場でもある。都市生活(City Life)が正常に機能するためには、そこで生活する人々の生命を支える衣食住、中でも安心安全な食というものがまず必要不可欠となるだろう。この安心安全な食の供給を担う生産現場がローカルなのである。

つまり都市(City)が正常に機能するためには、ローカルが正常に機能していなければならないということであり、都市(City)とローカルは強い相関関係にある。どちらが優位にあるというものではなく、イコールなのである。

その意味で、都市(City)の問題を考えるときは、よりシンプルなローカルの問題を考えることが、不可欠だ。
つまり私が長年、農の現場で問うてきたことは、即都市(City)の問題でもあるということなのである。
posted by 雪山童子 at 11:08Comment(0)日記