RAKAN TOWER-ラカン・タワー


このブログは、セツ・スズキの備忘録の意味合いが強いので、その時々の淡い発見やアイデアをそのままに記すということが星である。

いよいよ、私たちのスタジオに内設しているRAKAN TOWERも一応の完成に近づいている。

2020年3月コロナの流行とほぼ同時期からスタートして早や5年。その間さまざまの出来事があったが、スタジオオープン30周年を記念してリニューアルオープンイベントをごく親しい友人・知人を招いて開催したこと。また昨春開催の日中友好会館美術館での企画展「土から生まれるいのち」展等々。農作業、山羊の飼育、RAKAN TOWERの設置作業などをこなしながらの超多忙の日々であった。

さて、今日の気づき発見は、あの仏陀生誕の地、ネパール、ルンビニのカピラヴァスツウの話。釈迦族の国と王城にまつわる話だ。

一昨日読んだ日蓮大聖人の御書(開目抄)に迦毘羅(カピラ)Kapilaという梵語サンスクリットが出てきたので調べてみたら、古代インド神話に出てくる数論の祖、六師外道の仙人であるという。そして、本来の意味は「黄頭、黄赤と訳す。」とある。これが、私にとって何を意味するかということで、はっとしたのである。

というのも私が30年近く造り続けているRAKAN マスク、そしてそれを取り付ける本体である木杭の色が、黄いろと赤だからである。これらは、偶然という言葉で片づけられるほど単純ではないと思っている。それだけ思い入れが深いのだ。

私自身、仏陀生誕の地ネパール・ルンビニには3度(2015,2017,2019年)訪問。かつ釈迦族の王城であったKapiravastuの遺跡には2度(2017,2019年)訪問し、往時のゴーダマ・ブッダを偲んだのである。その記憶は、今も鮮明だ。

そのカピラ仙人が拓いたというカピラヴァスツウ。そこに約2500年前仏陀は出現した。そして現在、不可思議にもこの日本国茨城県八千代町沼森にその黄色と赤に彩られたカピラRAKANの塔(スツーバ)が出現したということ。

この時空を超えた符合をどうとらえるか。神秘主義にかぶれた輩とあざ笑う者もいるだろうが私には、密やかな確信があるのだ。 

アーチストセンター展(第50回最終回展)に参加して、、、。

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第50回アーチストセンター展(最終回)に妻・政恵と参加し、2/27日無事搬出が完了した。

過去にも2度、運営委員から声がかかり参加したわけだが、多忙な中にも参加を承諾した理由は、会の創設者の一人であり、友人でもあった山本宣夫氏が昨年逝去されたからである。

その、弔い合戦の思いも込めて、会の当初の志(美術を社会に開くという)を体現しようとの現事務局長である野村俊幸氏の呼び掛けに呼応したのである。

テーマは、「ビジュツ、行動せよ!」展。しかし、このテーマも当初は、ロシア・ウクライナ情勢を考慮に入れた「ビジュツ、応答せよ!」で、臨場感のあるリアルタイムのネーミングで時勢にかなったものと、すこぶる気に入っていたのであるが、一部の参加者から異議申し立てがあり、変更するという、弱気なものになってしまったようだ。

また、すでに出来上がった展のフライヤーにもその批判が飛び火して、デザイン変更で印刷し直すというような顛末まで付いて、残念であった。

この会の当初の顧問であった批評家針生一郎は、戦後復興を目指す日本社会が、経済一辺倒に傾きすぎるのを危惧し、人間平等な文化による復興こそが、日本再生への道であり、社会の権力者が作るヒエラルキーを壊してより開かれた文化運動の母体の一つとして、この会を若手無所属美術家の拠点としたのである。

その志に鑑みれば、今回の顛末は、戦後の日本社会の戦前への真摯な反省が、薄れ、消え去ろうとしている現社会の趨勢と有様をリアルに体現したことになる。

私としては、当然、当初のアーチィストセンターの創立精神に立つわけで、この命の続く限り、その実(まこと)を発信し続けるつもりだ。

芸術によるアンガ-ジュマン!   「ビジュツ、生抜きます!」