ヒマラヤの自然、そして精神の高みへ、、、。

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                             デュリケル 2014・11・03
 
 
光と影、善と悪、火と水、男と女、精神と肉体、(+)と(-)、そして人間と自然。
 
これらは、みな相反する物事の代名詞である。われわれは、得てしてこれらを対立的にとらえ、他方を排除したり、屈服させようとしたり、価値を認めることがなかなかできない。しかし冷静に考えてみれば、どちらを欠いてもこの世界は成り立たないし、リアリティーのない味気ない世界となってしまうことは明白であろう。
では、この偏狭さは、一体どこからくるのだろうか?
私は、われわれがこの問いの回答を考え、探し出し、その矛盾を乗り越えることができなければ、人類の未来は暗いと思うのである。
 
今回、ネパールを訪れ、直にヒマラヤの風景を見て、かつてなく感動をした。そして、私自身が、いや人間というものがいかに自然、環境というものに強く深い影響を受けているかということを実感したのである。そして、改めて人間には、手つかずの自然が必要不可欠であるということも、、、。
 
この至福感。それは、相反する事物との交感から生まれたものであり、調和した関係が成立したときに感ずるものである。この関係性、コミュニケーションの成立こそが重要なのである。
ちょっと古いことばでは、連帯。今風のことばにすると、つながる、絆、などであろう。
 
いまから百年前、アジアの詩聖タゴールは、この関係性をユニティー(結合)という言葉で表現した。それは仏教を含む古代インド思想に裏打ちされた当時の現代思想であった。その思想に基づいて、彼は当時の西洋近代思想の孕む矛盾を指摘し、詩や文学、講演をとうして人類に警鐘を鳴らし続けたのである。そして、われわれは今もその矛盾を乗り越えてはおらず道半ばである。当然、彼の思想も生きているし、その戦いをやめてはいけないのだ。私の表現やアクションが、そのような深みに達しているかどうかは僭越至極と思うが、志の一分を受け継ぎたいと思う日々なのである。
 
 
 
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                                    パキスタン・インド上空 2014・11・08
 
 


posted by 雪山童子 at 14:13Comment(0)日記

ネパール視察を終えて

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先日、11月9日、田植プロジェクト2016のための現地視察の旅から無事ネパールより帰国した。

無事と書いたが、問題がなかったわけではない。家内と二人旅であったわけだが、帰国の機内(カタール航空)で共におなかの調子がおかしくなってしまったのだ。どうも帰国直前に、お世話になった現地のNさんに感謝のしるしとして会食しようと、日本食レストランに入ったのが良くなかったようだ。しかし後の祭りである。その後、私は家内よりも重症のようで38・7度の発熱まであった。

カドマンズからドーハまでは、まだそれほどでもなかったが、ドーハから羽田までの間は、幾度となくトイレに行き、発熱で朦朧とした状態であった。幸い機内は空席が多かったので横になることができたのが、救いであった。また、飛行機がパキスタン上空を過ぎたあたりから、ヒマラヤの白銀の峰々が眼下にみえるようになったので、家内の「パパ!ヒマラヤが見えるよ!きれい!」との強いよびかけで、おもむろに窓から下界を見下ろすと、そこには想像をはるかに超えた崇高で壮大な情景が広がっていた。その情景に一瞬ではあるが、今までの不調がどこかへ吹き飛んでしまった如く、やおら一眼レフを取り出して、シャッターを押しまくった。不調よりも好奇心が優っていたということだから、それほど重篤というのでもなさそうだと思い、後は焦らずしっかり体制を整えようと腹に決めた。

ともあれ、大きな収穫のあった旅であった。首都カドマンズにあるプロジェクトの受け入れ機関「Sirjana Collge of Fine Art 」の教職員の方々の歓迎とサポートの確認。そして友情、プロジェクト・サイトの視察、候補決定。
また現地日本大使館小川大使との会見では、2016年日本ネパール国交60周年にプロジェクト実現の意義の大きさなどについて語り合えたことは、有意義であった。
 
語りたいことは、尽きない。今後も折々に関連のブログを記したい。
 
 
 
 

posted by 雪山童子 at 00:47Comment(0)日記