セツの-つぶやき①-

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自慢ではないが、僕は、40年前から、誰にかに向かってと言うのではなく、一人つぶやいてきた。日記や折々の備忘録を記すと言う形で、、、。
今、ツイッターというものが、そういう意味らしいが、本当の呟きではないと思う。僕にとって、呟きとは、自分に向かって何かを発すること、心のうちを吐き出すことなのだ。だから、これは、人にとって、心地いいこととは思えないし、すこぶるわがままな行為なのだと思う。しかし、このようなはなはだ、個人的な思考や、想いから、次の創造の芽や切っ掛けというものが、生まれ出る可能性を信じている。そのようなことで、今後、折々に、このブログを使って、過去、現在にわたる"つぶやき”を記して行きたいと思う。


現代美術の作家の多くが、若いときは、ラヂィカルな作品を作って問題提起をするが、功なり、地位を築くとほとんどが、ノーマルな表現になってしまうのは、どうしてか?

これは、大きな問題だ。
結局アーティストとは、生涯を当して問題提起していく闘争の人格の名称なのだ。 2003.8.26


posted by 雪山童子 at 06:25Comment(0)日記

NO-脳。そして東北

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NOとは、脳。 脳は、日々刺激しなければならない。

刺激とは、その脳に英知を送ること。

英知のみが、脳の創造性を刺激し、新たなる創作を可能とする。

脳に酸素と栄養を送れ。

酸素とは、信仰。栄養とは、英知である。

脳を活かすとは、自己を活かすことである。

さる、7月26日~30日まで東北へ。福島、宮城、岩手県の被災地の地獄を視、高村光太郎、智恵子の愛と望郷と懺悔の足跡をたどり、賢治と萬鉄五郎の熱い土着の疾風怒涛、花巻を訪れ、更に明治の夜明け、新渡戸稲造に想いを致し、新世界遺産、平泉の真価を訊ねる旅であった。



posted by 雪山童子 at 14:22Comment(0)日記